藤井さま

▲「高松から連れてきた(笑)」という奥様と、85歳とは思えない藤井様

 

井圀彦様

(千葉県・船橋市)

句集『吟雪』

 

 昨年10月に、ご自身4冊目の句集『吟雪』を上梓した藤井圀彦さまをご自宅に訪ね、お話をお聞きしました。

 

 

 

Q.句集は4冊目とか

『占春』『滴翠』『歩月』そして『吟雪』と、停年を迎え第一句集を刊行した時から、題名には春夏秋冬の季節感を持つ二字熟語をつけようと考えていた。本書には平成19年~26年までの291句を収録したが、「狩」入会以来35年の歩みが刻まれた一冊ともいえる。地元高松で小学校教師になり25歳くらいから俳句を作り始めたが、県の推薦もあって筑波大学附属小学校へ。研究校だから「研究もせずに俳句なんて作って」という雰囲気もあり、俳句は中断し、以来国語教育研究一筋に34年。47歳のときに全国大学国語教育学会第5回石井賞を受賞したのを機に、翌年から「狩」に入会し本格的に俳句を再開した。

Q.筑附とは名門中の名門、教えることのプロですね

そんなことはないですよ。ただ教え方はある。俳句であれば、575のリズム、季語、切れ字、この3つは基本。授業で「立春」を使って作りましょう、とやるがこれではだめ。季語をどう活かして俳句の中に折りこむかが大事であって、季語ありきではない。例えば長野に行き、山が多いから「山登り」で作りなさいはおかしい。それでは感動がない。乗鞍が見えた、穂高も見えた、という感動のあとに何の季語を斡旋するか。そこに「鯉のぼり」とつけた。「乗鞍が見え穂高見え鯉のぼり」。安曇野の雄大な風景に鯉のぼりが入ることで、山の麓で暮らす人たちの生活が見え、5月の季節感。季語を入れるというのはそういうこと。575の世界がぱっと広がる。何を表現したいかを、最初にしっかり出させて耕しておく。大人の場合も同様。そこを踏まえて指導すれば、俳句の本当のおもしろさがわかり長く続く。

Q.藤井先生につきたいですね(笑)

「狩」の支部のほか、千葉大学で俳句を教える先生の指導もしている。その中で特に感じるのが国語教育は言葉の教育であり、言葉の力を身につけるということ。表現と理解の問題になるが「読む」と「書く」は文字言葉、「聞く」と「話す」は話し言葉。「読む」と「聞く」は理解、「話す」と「書く」は表現。言語活動の面から見るとそれ全体が言葉。言葉で対象を描き出す=文芸、記す=記録、述べる=説明・報告、伝える=手紙文、それらの力をつけないと。伝える力をつけるために手紙を書かせる。俳句と同様に手紙も踏まえなければいけない形式がある。オレオレ詐欺じゃないが、お金を送ってという手紙を書いても送られなければ何にもならない。貸してくれる様に書ける技術をつけないと。能力=技術。言葉とは書く技術、読む技術、話す技術であり、技術をどう身につけるかということ。

Q.早くに聞いておきたかったです

一年生に「何がいるの?」と聞くと「キリン」「キリンは何をしているの?」「歩いている」「はいよくできました」。僕はね、いや待てよと。「歩いている」では正答にならない。歩くとはどうすることか。一年生にわからせなきゃいけないと50年も前、一所懸命考えた(笑)。 動物園でいろんな動物が歩いているところや、赤ちゃんからおばあちゃんまで歩くところを8ミリで撮って子どもたちに見せた。「これ何の映画だろう?」「動物園」。そのうちにわかってきて「みんな歩いてる!」と。歩き方は全部違うが、こっちからこっちへ足を運んでいくことが歩くことだと理解できる。そこをわかっているだけで2~4年の学習がずいぶんかわってくる。

Q.逆立ちは?

逆立ちはダメだね(笑)。手だから歩くことにならない。足を使って体重を移動してAからBに動くこと、それで初めて「歩く」という言語を理解する。こういう授業をしていた。「おかあさん」を辞書で調べると「おとうさんではない親」と書いてある。それではわかったことにならない。100メートル走も、走り方、細かい技術によって早くなる。読む、書く能力もそう。技術が身につくと書けるようになっていく。俳句はそのなかの「描く」というところに入る。自分の生き方や生活など、今後何を描くか。その技術を、今後も伝え続けたいと思っている。

 

『吟雪』より

ひれふして春待てる草踏まずゆく

白壁に二人の影を置き良夜

裸木や一仕事せし自負に立ち

 

吟雪

▲『吟雪』とは「雪を見ながら詩を口ずさむ」の意で孟郊の漢詩から拝借

 

★話にどんどん引き込まれ、気が付くといとまごいをしなければいけない時間に。早く聞いておけば随分と違っていたかもと思う話が数多。能力とは技術なのか。「根本から話すと何時間もかかるよ」「教え方によって子どもの伸びが違うから教育研究は楽しかった」という藤井さん。明瞭、適切、実直でユーモアがあって一所懸命。天職といえる「教えること、引き出すこと」の恩恵をより多くの方が享受するため、ますますご活躍くださることを願って止みません。(木戸敦子)