間森 坦 様(兵庫県・神戸市)

『枯野』

 

昨年3月、エッセイや思い出の写真、水彩画、俳句等を

一冊の本『枯野』としてまとめられた間森坦さまに

お話をお聞きしました。

 

▲安心して受診できるのもうなずける笑顔

 

 

Q『枯野』をまとめられた経緯から

一昨年、金婚式を迎えた際に子や孫たちがお祝いの会を催してくれた。

その夜、楽しいひとときを振り返りながら日記をつけていると、

喜寿まで町医者を続けられた幸運と感謝で胸がいっぱいになった。

何とか、気力のあるうちに自分史をまとめておきたいとは思ったが、

どのようにすべきか考えあぐねていた。最終的には、かつて在籍していた

慶應大学内科学教室の「聴診記」や医師会報に書き連ねた拙いエッセイや

下手な水彩画、最近始めた俳句を入れた本にしたらどうだろうと、思うに至った。

 

▲『枯野』の表紙は大好きなフェルメールの模写

 

Q それからはすんなりと?

初めての経験であり、どうしていいかわからなかったので、

喜怒哀楽書房で句集を上梓した親友の武内君に相談し、

その結果序文までお願いした(笑)。謹呈するのは主に同級生の医師のため、

論文も3編挿入。成人病や肥満症の予防、特定検診や特定保健指導に関する私見を載せたが、

皆さんの感想では好評だったのでホッと胸をなでおろした次第。

昔からケアレスミスの多い人間だったので、担当した菅さんは校正が大変だったと思う(笑)。

 

Q 好評だったのですね

お礼の手紙やメールがたくさん届き、予想外の反響に驚いた。

母校の慶應義塾の北里記念図書館からは史料にする旨の礼状があったり、

内科の同窓会、姫路東高校の同窓会からも礼状をいただいた。

ありがたい内容のものが多く、出版して本当によかったと思った。

中には長文の手紙やメールもあり、自分の本よりそちらをまとめて本にしたいくらいだった。

親しい友人の一人は「〇万円くらいかかったろう?」と言うので、

「その1/3くらいだよ」と返事をしておいた(笑)。

 

▲診察室の机の上で多方面よりいただいた手紙類を拝見

 

 

Q 昔から医者になろうと?

生まれは兵庫県南西部の佐用郡という過疎の町。

雪もたくさん降り、工作でスキーを作ったり魚捕りをしたりと、

自然の中で遊んでばかりいた。一番好きなのは天魚(あまご)釣りだが、

時にはうなぎ捕りも。餌をしかけておくと朝うなぎがかかっていて、

それが目覚まし代わりのようなもの。油が少なくてあっさりしてうまかった。

父は林業に従事していたが、このまま田舎にいても将来的には食えないからと、

親戚のところに下宿してそこで少しは勉強をするように。生物部に入ったが、

その部にいた医者の息子が女の子に非常にもてたので、

そうか医者になったらいいんだな、と (笑)。

 

Q それからは順風満帆に?

今思えば、医師になって53年、開院してから42年、

よく働いてきたと思う。その間、自身が患者さんを診てきたと思っていたが、

私が患者さんに支えられてきたのだと感じる。ご存知の方も多いと思うが、

今は亡き元宝塚歌劇団の男役「白バラのプリンス」こと春日野八千代さんも、

30年以上来院してくれた。震災で診療所の入ったビルが解体されるなど、

痛手は大きかったが、その時も励ましたり、公演にご招待くださったりと

親切にしていただいた。これはほんの一例にすぎないが、患者さんに人生の

示唆と教訓をいただいた。今、診療の多くは息子に任せているが、

まだ私の患者さんもいる。まぁ、最近は「先生こそお大事に」なんて

言われているけど(笑)。震災で人生計画は狂ったが、今のところ食べる

ことと喋ることは達者なので、役に立てるうちはお役に立ちたいと思っている。

 

▲医師会ニュースに掲載された間森さんの水彩画

 

★本のお手伝いをしている時は、まだ間森さんにお目にかかっては

いなかったが、担当の菅から「こんなに楽しい方なんですよ」と

人となりを聞いていたので、その愛すべきキャラクターと対峙して納得!

ご本人は「出来が悪かったが、いい友達に恵まれみんなに教えてもらいながら

やってきた」と謙遜するが、同級生からも「まもちゃん」と慕われ

人気者であることが伝わってきた。「まもちゃん」が、今後、

聴診器に絵筆と鉛筆を加えて、さらに豊かな人生の花を

咲かせられることを願ってやみません。